About
Designer: Niels Otto Møller(ニールス・オットー・モラー)
Manufacturer: J.L. Møller Møbelfabrik(J.L. モラー)
Year: 1985
Material: Rosewood / Teak / Paper Cord / Hallingdal Fabric
Size: W50.8 × D50.8 × H93.9 cm
Story
No.69 アームチェアは、ニールス・オットー・モラーの死後3年にあたる1985年に、J.L.モラー社によって発表されたモデルです。創業者が生前に確立した職人哲学を忠実に継承し、工房の第二世代によって具体化されたこの作品は、同社の象徴的な遺産といえます。背もたれから脚部へと連続する有機的な曲線は、木材の繊維方向を尊重して形成されており、デンマーク・モダンの美学である「シンプルさと調和」を純粋な形で体現しています。
座面には、デンマーク伝統のペーパーコードまたはKvadrat社のHallingdalファブリックが用いられ、素材の選択によって異なる表情を見せます。手織りのペーパーコードは約130メートルに及ぶ一本のコードで編み上げられ、適度な弾力と通気性を確保しています。布張り仕様ではより柔らかく、フォーマルな印象を与えます。
接合部には金属部品を用いず、精密に調整された木製ダボによる接合構造を採用しています。これにより、長年の使用においてもきしみを生じにくく、静謐な使用感が保たれます。また、背もたれのカーブは蒸気曲げによって成形され、人体に沿う人間工学的な快適性を実現しています。この細部への配慮こそ、モラーが「家具は静けさの中で完成する」と語った理念の具現化です。
No.69の設計は、創業者の哲学が次世代に継承されたことを示す重要な証でもあります。長男イェンス・オーレ・モラーと次男ヨルゲン・ヘンリック・モラーによる工房運営のもとで、デザインの一貫性と品質管理は維持されました。J.L.モラー社が「アセンブリラインのない工房」であり続ける姿勢は、この時代にも揺らぐことはなく、No.69は創業者不在のなかで完成された「継承の証」として位置づけられます。
現在もJ.L.モラー社はデンマーク・ホイビャーにある創業当初の工房で製造を続け、ニールス・オットー・モラーが確立した「木材を生きた素材として扱う」哲学を守り続けています。No.69 アームチェアは、時代を超えて受け継がれるデンマーク・クラフトマンシップの結晶であり、静けさと精度、そして手仕事の誇りが息づく一脚です。