About
Designer: Niels Otto Møller(ニールス・オットー・モラー)
Manufacturer: J.L. Møller Møbelfabrik(J.L.モラー)
Year: 1968
Material: Teak, Oak, Walnut, Brazilian Rosewood
Size: W50 × D51 × H78 × SH44–45 cm
Story
Model 80 ダイニングチェアは、ニールス・オットー・モラーが1968年にデザインした、J.L.モラー社の成熟期を象徴する作品です。
戦後のモダニズムが機能性を追求していた時代にあって、この椅子は快適性と高級感という新たな価値観を提示しました。背もたれから座面にかけての緩やかな曲線は、身体の動きを自然に受け止め、長時間の着座においても疲労を感じさせません。
フレームには無垢材が使用され、脚部には繊細なテーパー加工が施されています。視覚的には軽やかでありながら、構造的には高い安定性を備えています。全体のプロポーションは幅50cm、奥行き51cm、高さ78cmと非常に均整が取れており、どの角度から見ても調和を失わない造形です。
座面と背もたれは全面に布地またはレザーを張り込み、内部にはポリウレタンフォームを使用しています。これにより、従来のペーパーコードや籐(ラタン)張りに比べて柔らかく、より上質な着座感を実現しています。この「全面張り込み」という構造は、1960年代後期のデンマークデザインが、単なる機能主義から「快適性と豊かさ」へと関心を移していった潮流を象徴するものといえます。
使用される木材は、チーク、オーク、ウォルナット、そして希少なブラジリアンローズウッドなど、高品質の無垢材に限定されていました。モラー自身が木材を選定し、木目や色調の統一を厳密に管理していたことから、Model 80は大量生産とは一線を画す「職人の家具」としての性格を持っています。
製造はすべてJ.L.モラー工房内で行われ、組立ラインを用いず、接合や研磨などの工程は熟練した職人によって手作業で進められました。特に背脚と座面の接合部は、どの角度から見ても継ぎ目が見えないほど精緻で、同社の「完璧な構造美」を象徴する箇所です。最終仕上げは7段階に及ぶ手研磨工程で行われ、触れた際の滑らかさと温かみが、この椅子の最大の魅力を形成しています。
Model 80は、モラーが築いた垂直統合型の工房哲学を体現した一脚です。設計から製造までを自社内で完結させる体制は、品質の均質化と設計意図の忠実な実現を保証しました。その成果として、J.L.モラー社は1974年と1981年にデンマーク家具製造業者協会賞を受賞し、伝統と現代製造技術の融合が高く評価されました。
今日においても、Model 80はオーフスの同じ工房で製造が続けられています。創業者の哲学と職人技が三世代にわたり継承され、この椅子は単なる家具を超えた「デザインと技術の記録」として、デンマークモダンの精神を今に伝えています。