Story
フリッツ・ヘニングセン(1889–1965)は、デンマーク・モダンの歴史の中で、指物師(キャビネットメーカー)としての誇りを生涯貫いた特異な存在です。多くの同時代デザイナーが建築を出自とするなか、彼は徒弟修業と「職人のグランドツアー」を通じてヨーロッパ各国の家具様式を体得し、その美学を土台に活動を開始しました。コーア・クリントとの出会いと緊張感あるライバル関係は、彼の作品に独自の方向性を与え、モダンでありながら伝統の温かみを湛えた家具を生み出しました。
1915年にコペンハーゲンで自らの工房兼店舗を開業して以降、彼はデザイン・製作・販売を一貫して管理する体制を貫きました。完璧主義者として知られる彼は、作品の外部生産をほとんど認めず、徹底した品質管理と素材への敬意を守り抜きました。その結果、作品数は限られたものの、手仕事による卓越した品質は今日においても高く評価されています。
ヘニングセンのデザイン哲学の核は、曲線がもたらす「家庭的な温かみ」と優雅さにありました。若い世代が直線的で機能主義的なデザインを追求するなか、彼は曲線を擁護し、エレガントで気取らない家具を目指しました。彼の名刺に記された「Elegant and Unpretentious Furniture」という言葉は、その思想を端的に示しています。
彼の作品群の中でも、ヘリテージチェア(FH419)、ウィングバックチェア、クーペソファ(FH436)、ウィンザーチェア(FH38)、シグネチャーチェア(FH429)といった代表作は、いずれも歴史的様式の再解釈と高度なクラフトマンシップの融合を体現しています。オリジナルの製作数は極めて少なく、コレクター市場では希少性と品質ゆえに高額で取引されています。
今日では、カール・ハンセン&サン社が彼の代表作を復刻することで、その遺産は新しい世代にも伝えられています。ヘニングセンの作品は大量生産の道を選ばなかったがゆえに希少ですが、その選択こそが職人の哲学を守り抜いた証であり、デンマーク家具史における「キャビネットメーカーの良心」としての位置を確固たるものとしています。
About
Year: 1889–1965
Place: Copenhagen(コペンハーゲン)
Manufacturer: Frits Henningsen(フリッツ・ヘニングセン)、Carl Hansen & Søn(カール・ハンセン&サン)
History
1889: デンマークに生まれる
1900年代初頭: 指物師I.P.ムアックのもとで徒弟修業を開始
1911: 指物師として資格を取得
1911–1915: 欧州各地を巡り、英国様式やフランスのロココ、アンピール様式を学ぶ
1915: コペンハーゲンに自身の工房兼店舗を設立
1920年代: コーア・クリントとの交流を通じ、歴史的様式の再解釈を深化
1930: ヘリテージチェア FH419を発表
1935頃: ウィングバックチェアを製作、希少作として知られる
1936: クーペソファ FH436を発表、家具職人ギルド展に出展
1938: ウィンザーチェア FH38を発表、以後カール・ハンセン&サンが長期製造
1940年代: 高背のソファやアームチェアを製作、マホガニーやオークを使用
1942: 直線的デザインから距離を置き、曲線美を強調
1954: シグネチャーチェア FH429を発表、20脚未満の生産に留まる
1965: コペンハーゲンにて死去
2013: カール・ハンセン&サン社によりヘリテージチェアが復刻
2015: シグネチャーチェアが復刻され、再評価が進む
2019: クーペソファ FH436が復刻
2022: ウィンザーチェア FH38が再復刻され、現代に継承
Furniture
・Heritage Chair FH419 | ヘリテージチェア
・Wingback Chair | ウィングバックチェア
・Coupe Sofa FH436 | クーペソファ
・Windsor Chair FH38 | ウィンザーチェア
・Signature Chair FH429 | シグネチャーチェア
・High-back Sofa | ハイバックソファ
・Armchair | アームチェア