About
Designer: Niels Otto Møller(ニールス・オットー・モラー)
Manufacturer: J.L. Møller Møbelfabrik(J.L. モラー)
Year: 1954
Material: Oak / Teak / Rosewood, Paper cord or Leather
Size: W × D × H × SH cm
Story
Model 56アームチェアは、デンマーク・モダンの円熟期にあたる1954年に発表された、J.L.モラーを象徴する作品です。無垢材の質感を最大限に生かしつつ、軽やかで流れるようなラインで構成されたフレームは、視覚的な繊細さと日常使用に耐える強度を両立します。背もたれはわずかに凹形に削り出され、肩甲骨から腰にかけて優しくフィットするよう設計されており、アームは手元で丸みを帯びて前脚へと自然に連続し、着座・離席の動作を滑らかに導きます。
構造面では、脚と貫、アームと前脚など、応力が集中する要所に精密なほぞ継ぎやダボを組み合わせた高強度接合が用いられています。これにより、極限まで薄く、曲線を強調した部材であっても、横方向のねじれや長年の荷重に対して安定性を保持します。見える部分の継ぎ目は最小限に抑えられ、各部材が彫刻的に一体化して見えるため、構造と意匠が矛盾なく重なり合う点こそがModel 56の本質です。
素材選定は作品の完成度を左右する前提条件として位置づけられています。オーク、チーク、ローズウッドなどの堅木は、木目の通りや色調の一貫性まで考慮して選ばれ、手仕上げの最終研磨によって柔らかな触感と艶が引き出されます。座面には耐久性に優れたペーパーコードが多用され、職人が均一な張力で手織りすることで、適切な保持力と通気性が確保されます。用途や空間に応じてレザー張りも選択でき、素材の違いがフレームの表情を際立たせます。
モラーはデザインと製造を同一工房で統合し、流れ作業に頼らない職人中心の生産体制を守り続けてきました。設計の理想形から出発し、量産上の都合に造形を合わせない姿勢は、時間効率よりも品質の継続性を優先する思想としてModel 56にも貫かれています。結果として、椅子は単なる造形物ではなく、設計意図、素材、加工、仕上げが一貫して結ばれた「作法」として成立し、長期の使用を通じて価値を保ちます。
Model 56はアームレスのModel 75と同じ時期に構想され、ダイニング空間を総体として整える組み合わせの美学を示しました。アームの有無や座面素材の違いを横断しながらも、共通する曲線の語彙と接合の精度が空間全体に統一感をもたらします。軽やかな輪郭、厳密な構造、触覚的な仕上げ――その三要素の均衡によって、Model 56アームチェアは今日に至るまで、時代を超えて機能するデンマーク・モダンの基準点であり続けています。