About
Designer: Niels Otto Møller(ニールス・オットー・モラー)
Manufacturer: J.L. Møller Møbelfabrik(J.L.モラー)
Year: 1970
Material: Oak / Walnut(frame); Paper cord or Leather(seat)
Size: W 50 × D 51 × H 94 cm
Story
Model 82は、ニールス・オットー・モラーが追求した「洗練された簡潔さ」を最もわかりやすく体現するハイバックのダイニングチェアです。背もたれは緩やかなカーブを描く5本の横木で構成され、視覚的な軽やかさと上半身の確かなサポートを同時に実現します。過度な装飾を排し、プロポーションの調整に徹底して時間をかけるモラーの姿勢が、静かな気品として椅子全体に宿っています。
フレームは無垢材を丁寧に乾燥・選別したうえで加工され、構造部はホゾ組みを中心とした伝統的な指物技法で一体化されています。ネジや釘に依存しない接合は、見た目のシームレスさだけでなく、長期使用における強度と安定性にも寄与します。曲面部のエッジは手作業で滑らかに整えられ、触れたときの違和感を最小化する配慮が行き届いています。
座面は手織りのペーパーコード、もしくはレザー張りが用意され、いずれも座骨を点ではなく面で受ける設計です。ペーパーコードは適度な張力と通気性を両立し、時間の経過とともに座り心地がこなれていきます。レザーはフレームの曲線と相まって、より彫刻的な印象を強めながら、しっとりとした着座感を与えます。
1970年という成熟期に登場したModel 82は、初期作に見られる実験性を洗練へと収斂させた到達点に位置づけられます。背柱のテーパー、横木の厚み変化、脚部のわずかな内傾など、細部の設計が相互に呼応し、姿勢変化に追従する柔らかな支持感を生み出します。視覚的均衡と身体支持の合理性が矛盾なく両立している点こそ、本作の核心です。
モラーはデザインと製造を緊密に統合するため、自社工房での一貫生産を重視しました。必要な箇所では機械加工を活用しながらも、最終工程の仕上げと検査は熟練の手仕事が担います。精度と手触り、合理性と人間味のバランスを保つこの姿勢は、Model 82に「日常で静かに長く機能する家具」という性格を与え、今日に至るまで普遍的な魅力を保ち続ける理由となっています。