About
Designer: Niels Otto Møller(ニールス・オットー・モラー)
Manufacturer: J.L. Møller Møbelfabrik(J.L. モラー)
Year: 1985
Material: Teak, Rosewood, Oak, Walnut, Beech
Size: W50.8 × D50.8 × H93.9 cm
Story
Model 86 ダイニングチェアは、J.L.モラー社の高度な職人技と設計哲学を次世代へと継承した象徴的な作品です。創業者ニールス・オットー・モラー(1920–1982)の没後、息子のヨルゲン・ヘンリック・モラーとイェンス・オーレ・モラーによって1985年に設計・発表されました。この事実は、単なるデザインの継続ではなく、工房全体に受け継がれた職人の体系的知識と哲学の証明といえます。
モラーの家具哲学は「完璧の追求」にありました。彼は1944年、オーフスの小さな地下工房でJ.L.モラーズ・モベファブリックを設立し、デザインから製造までを一貫して自らの手で監修する体制を築きました。これにより、素材選定から最終研磨に至るまでの全工程で一切の妥協を排した品質管理が可能となりました。その精神は、創業者の死後も工房全体に息づき、Model 86に結実しています。
Model 86のフォルムは、デンマーク・モダンデザインの特徴である有機的ミニマリズムを継承しています。脚部は繊細なテーパー形状を持ちながらも、高度な構造計算によって優れた安定性と強度を確保しています。背もたれはわずかに湾曲し、人体の自然な姿勢に沿って設計されており、長時間の使用でも快適な座り心地を提供します。
素材にはチークやローズウッド、オーク、ウォルナットなどが用いられ、特にヴィンテージ期のローズウッド製は美しい木目と希少性で高い評価を受けています。現行モデルでは持続可能な木材供給を重視し、ドイツ・シュペッサルト地方のオークをはじめ、厳選された木材を使用しています。
座面にはデンマーク家具の伝統技法であるペーパーコードの手編みが採用されることが多く、その長さはおよそ130メートルにも及ぶ一本の紙紐を職人が手で編み上げます。機械化が進む時代にあっても、J.L.モラー社は「非組立ライン」方式を堅持し、熟練職人が一本一本の部材を選別・加工し、最終仕上げまでを担当します。この体制が、量産品とは異なる手仕事の温度を今日まで守り続けている理由です。
Model 86は、単なるプロダクトを超えた「継承の証」です。モラーが生前に築いた設計思想と製造哲学は、息子たち、そして現在は孫のキアステン・モラーへと受け継がれています。工房の存続そのものが、デンマーク家具におけるクラフトマンシップの永続性を象徴しており、この椅子はその文化的遺産の具現化として、今も世界中の家庭やコレクターに愛されています。