Poul Kjaerholm | ポール・ケアホルム


About|基本情報

Lifespan: 1929–1980
Birthplace: Østervrå(オスターヴロー、デンマーク北部)
Manufacturers: E. Kold Christensen(E・コールド・クリステンセン)Fritz Hansen(フリッツ・ハンセン)Rud. Rasmussen(ルッド・ラスムッセン)PP Møbler(PPモブラー)Carl Hansen & Søn(カール・ハンセン&サン)


Story|人物とデザイン

ポール・ケアホルム(Poul Kjærholm, 1929–1980)は、デンマークの家具デザイナー、建築家、家具職人である。木を中心に発展した戦後のデンマーク家具において、スチールを主要な構造材として扱い、PK25、PK22、PK61、PK80、PK24などを生み出した。細い部材と明快な構造、素材の対比によって、家具と周囲の空間の関係を追究した。

ユトランド半島北部のØstervråに生まれ、Hjørringで家具職人の修業を受けた。1949年に職人資格を取得し、その後Kunsthåndværkerskolen(コペンハーゲン美術工芸学校)の家具科で学び、1952年に卒業した。卒業制作のPK25では、一枚のばね鋼板を用いたフレームにロープを連続して張り、構造と座面を最小限の要素で成立させた。

卒業後、Fritz Hansenで成形合板を用いたPK0とPK4などの試作に取り組んだ。1955年にはEjvind Kold Christensen(アイヴィン・コル・クリステンセン)との協働を始め、E. Kold Christensenが製造と販売を担った。作り手と販売者が長期にわたり一つのコレクションを組み立てたことで、PK22、PK61、PK80、PK31などが継続的に製品化された。

ケアホルムは鋼材を木や革と対立する工業素材としてではなく、光と仕上げをもつ素材として捉えた。マットに仕上げたばね鋼やステンレス鋼に、革、籐、帆布、木、ガラス、石を組み合わせ、各素材に異なる役割を与えている。PK22では薄い鋼製フレームに座と背を張り、PK61ではガラスや石の天板の下に支持構造を見せた。接合部を隠さず、荷重がどのように支えられるかを形として示している。

その造形は新奇さだけを目指したものではない。PK91は折り畳みスツール、PK24はデッキチェア、PK80は寝台という歴史的な家具の類型を読み直した作品である。既存の型を分解し、鋼材の強度と現代の製作精度に合わせて比例と構造を組み直す点で、コーア・クリント以来のデンマーク家具の方法とつながっている。

椅子やテーブルを単体で完結させるのではなく、床面、壁、光、周囲の余白との関係から考えたことも重要である。低い水平線をつくるPK80、天板と脚部の間に空間を残すPK61、曲面の座がフレームに載るPK9などでは、家具の内側と外側へ視線が通る。こうした空間的な構成は、自邸の室内、展覧会、ミラノ・トリエンナーレやモントリオール万博の展示設計にも表れている。

教育にも長く携わり、1955年に王立デンマーク美術アカデミー家具学校の教員となり、1959年に講師、1976年に教授へ就任した。1960年にはミラノ・トリエンナーレのデンマーク部門でグランプリを受賞し、同年Eckersberg Medalを受章した。1980年の死後、主要なコレクションは1982年にFritz Hansenへ引き継がれた。工業材料の精度と家具職人の感覚を結びつけ、家具を空間の構成要素として考えた仕事は、現在もケアホルムのデザインを特徴づけている。


History & Works|歴史と作品

1929

1月8日、Østervrå(オスターヴロー)に生まれた。

1949

Hjørringで家具職人としての修業を終え、職人資格を取得した。

1952

Kunsthåndværkerskolen(コペンハーゲン美術工芸学校)の家具科を卒業した。卒業制作としてPK25を設計し、Fritz Hansenでは成形合板によるPK0とPK4などの試作に取り組んだ。

1953

建築家Hanne Dam(後のHanne Kjærholm)と結婚した。1952年から1956年まで、母校Kunsthåndværkerskolenで教員を務めた。

1955

Royal Danish Academy of Fine Arts(王立デンマーク美術アカデミー)の家具学校で教員となった。Ejvind Kold Christensenとの協働を始め、PK1を設計した。

1956

PK22 Lounge ChairとPK61 Coffee Tableを発表した。初期作PK25の生産もE. Kold Christensenによって始まった。

1957

PK80 Daybedを設計した。ミラノ・トリエンナーレで家具部門のグランプリを受賞した。

1958

パリの「Formes Scandinaves」展に参加し、Lunning Prize(ルニング賞)を受賞した。PK31シリーズを設計した。

1959

王立デンマーク美術アカデミーの講師(lektor)に就任した。PK33 Stoolを設計した。

1960

ミラノ・トリエンナーレのデンマーク部門を設計し、グランプリを受賞した。Eckersberg Medal(エッカースベア・メダル)を受章し、PK9 Chairを設計した。

1961

PK91 Folding Stoolを設計した。

1962

妻Hanne Kjærholmが設計したRungstedの自邸が完成し、ケアホルムは室内を担当した。PK12 Armchairを設計した。

1965

籐と革の支持面を鋼製フレームに載せたPK24 Chaise Longueを設計した。

1967

モントリオール万博(Expo 67)のデンマーク部門を設計した。

1968

片持ち構造のPK20 Lounge Chairを設計した。ブルノで応用グラフィックに対するPrix de la Critiqueを受賞した。

1973

王立デンマーク美術アカデミーのInstitut for Designの責任者に就任し、ID Prizeを受賞した。

1976

家具・室内芸術を専門とする建築学教授に就任した。Louisiana Museum of Modern Artのコンサートホールのために折り畳み椅子を設計した。

1977

Møbelfabrikantforeningen(デンマーク家具製造者協会)の年間賞を受賞した。

1979

木と籐を用いたPK15 Chairを設計した。生前最後に完成した椅子である。

1980

4月18日、Hillerød(ヒレレズ)で51歳で逝去した。

1982

E. Kold Christensenによる生産が終わり、主要コレクションはFritz Hansenへ引き継がれた。作品の一部はPP Møblerなどによって製造された。


Furniture|作品一覧


References|参考文献・資料

Michael Sheridan『The Furniture of Poul Kjærholm: Catalogue Raisonné』、Lex「Poul Kjærholm」、Dansk Biografisk Leksikon「Poul Kjærholm」、Dansk Kvindebiografisk Leksikon「Hanne Kjærholm」、Designmuseum Danmark「The Danish Chair – An International Affair

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