ウェグナーと工房


ウェグナーの製造哲学と協業戦略

ハンス・J・ウェグナー(Hans J. Wegner, 1914–2007)は、20世紀デンマーク・モダンデザインを象徴する存在であり、「椅子の王」とも称されました。彼は生涯で500脚を超える椅子をデザインし、そのうち100脚以上が製品化されました。しかし、彼の価値を測るのは数ではありません。その本質は、木という素材の声を聞き、構造と形態を通じて人間の精神性を表現しようとした姿勢にあります。

若くしてキャビネットメーカーH. F. Stahlbergのもとで修業を積んだウェグナーは、1936年にコペンハーゲン美術工芸学校へ進学し、1938年からはアルネ・ヤコブセンとエリック・モラーの建築事務所で家具設計に携わりました。オーフス市庁舎のための家具を手がけた経験は、機能性と建築的構造を融合させるという彼の後年の姿勢を決定づけました。

1943年に独立を果たすと、ウェグナーは「一生のうちでたった一脚の完璧な椅子をつくりたい」と語りながら、数えきれないほどの実験を繰り返しました。1949年の「The Chair(ザ・チェア)」によって国際的名声を得た後も、「完全な椅子は存在しない」と考え、デザインを更新し続けました。彼にとって椅子とは、形の完成ではなく、探求そのものだったのです。

ウェグナーはこう語っています。
「メーカーには『ノー』と言うべきだが、それは難しい。彼らは生産を続けなければならないから、いつの間にか友人のような存在になる。私は依頼を滅多に断らない。なぜなら、その中には、他では決して出会えない可能性が含まれているかもしれないからだ。」

この言葉は、ウェグナーが単なるデザイナーではなく、職人たちとの対話を通じて創造の可能性を広げる探求者であったことを物語っています。彼は製造を「デザインの終着点」ではなく、「新しい発見の入り口」と捉えていました。こうして築かれた職人やメーカーとの関係――Johannes Hansen、Carl Hansen & Søn、Getama、PP Møblerなど――は、単なる生産の連携ではなく、デンマーク・デザインが「文化」として成熟していくための基盤そのものでした。

ウェグナーの協業には、もうひとつ重要な特徴があります。彼は自らのデザインを各メーカーの特徴に合わせて調整し、その工房が最も得意とする技術を引き出すように設計していました。たとえば、Carl Hansen & Sønには量産を意識した堅牢で効率的な構造を、Johannes Hansenには芸術的完成度の高い一点物を、Getamaには張り加工の専門性を活かしたソファ構造を、そしてPP Møblerには木工精度を極限まで高める実験的構造を与えました。つまり、ウェグナーの椅子はどれも同じ理念から生まれながら、製造者の個性を内包した「対話的デザイン」でもあったのです。

彼は決して一方的に図面を渡すことはせず、しばしば工房に足を運び、職人と共に治具を調整し、試作を何度も繰り返しました。時にはメーカーの機械設備を見てから設計を変更することもありました。そうした柔軟な姿勢が、結果として各メーカーに最適化された多様な椅子群を生み出したのです。

ウェグナーのデザインは、形式的な完璧さよりも、構造・素材・手仕事のあいだに生まれる生命のような調和を目指していました。
それは、彼が「機能主義者」でありながらも「理想主義者」であったことを何よりも雄弁に示しています。


ウェグナーと関わりを持ったすべてのメーカー一覧

Ove Lander(オーヴェ・ランダー)
1938年、キャビネットメーカーズ・ギルド展にて初協業。ウェグナー初期の出展作を製作した工房。

Michael Laursen(ミカエル・ラウアーセン)
1940年前後、ウェグナー初の量産型ロッキングチェアを製造したメーカー。職人工房から量産家具への橋渡しとなった。

Johannes Hansen(ヨハネス・ハンセン)
1941〜1966年、ウェグナーの最重要パートナー。キャビネットメーカーズ・ギルド展を通じ、デンマーク木工技術の極致を共に築いた。

Rud. Rasmussen(ルッド・ラスムッセン)
1940年代に一部の試作品を製造。後年、Carl Hansen & Sønが統合し、クラシックな木工技術を継承。

Fritz Hansen(フリッツ・ハンセン)
1944年に協業を開始。デンマーク初期の工業的大手メーカーで、木材成形技術と機械的生産を導入した。

Carl Hansen & Søn(カール・ハンセン&サン)
1949年より協業。商業的生産と職人技を融合し、ウェグナー作品を世界市場に広めた中心的メーカー。

Getama(ゲタマ)
1950年から長期協業。張り家具・ソファの製造を専門とし、ウェグナーの布張り構造デザインを支えた。

A.P. Stolen(A.P. ストーレン)
1950年代、ラウンジチェアや大型張り家具を製造。のちにPP MøblerやFredericiaへ製造権が継承された。

Ry Møbler(リュー・モブラー)
1950年代、収納家具・デスクを専門的に製造。Salesco体制下でウェグナーの収納シリーズを担当。

Andreas Tuck(アンドレアス・タック)
1950年代、テーブル製造に特化した工房。チークやオーク材を活かした家具でSalesco体制の一翼を担う。

PP Møbler(PPモブラー)
1953年から協業。ウェグナーの実験的デザインを支え、ヨハネス・ハンセンの閉業後は多くの製造権を継承。

Fredericia Stolefabrik(フレデリシア)
1950年代後半から協業。後年、Erik Jørgensenを統合し、張り家具部門の生産を拡充した。

Erik Jørgensen(エリック・ヨーゲンセン)
1960年代に張り家具を製造。Fredericiaへの統合によって、ウェグナーのデザインが現代まで継承されている。

Louis Poulsen(ルイス・ポールセン)
1970年代に照明器具で協業。アクリルや金属など新素材を用いた「Opala」シリーズを製造。

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